Research

神経系による免疫制御の細胞・分子基盤

 「病は気から」という諺があるように,神経系が免疫応答を制御する仕組みが存在することは,古くから指摘されてきました.事実,リンパ節をはじめとするリンパ器官には様々な神経伝達物質を産生する神経細胞が投射しており,リンパ器官を構成する免疫細胞にはそれらの神経細胞から分泌される神経伝達物質に対する受容体が発現していることが知られています.しかし、神経系からの入力がどのようにして免疫系からの出力に変換されるのか,その細胞および分子レベルでのメカニズムは十分に理解されていません.そこで私達は,2011年に研究室を立ち上げて以来,神経系による免疫制御の細胞・分子基盤を解明することを目標として研究に取り組んでいます.

 交感神経と副交感神経からなる自律神経系は,ストレスや情動による中枢神経系の活動性の変化を全身の臓器へと伝達する主要な経路であるため,神経系による免疫系の制御においても重要な役割を果たすと考えられています.しかし,交感神経はリンパ器官に直接投射しているにもかかわらず,副交感神経は直接投射していないという特徴があります.そこで,神経系と免疫系の直接的なインターフェイスに興味をもつ私達は,神経系による免疫制御のメカニズムを解き明かす足掛かりとして,交感神経が免疫系におよぼす影響とそのメカニズムを明らかにすることにしました.当初どのような角度からこの問題に取り組むかで頭を悩ませましたが,私がポスドク時代にリンパ球の体内動態イメージングに携わっていた経験から,リンパ球の体内動態という切り口で交感神経による免疫制御の研究に着手しました.

 リンパ球はリンパ節からリンパ液中に脱出し,リンパ液が血液と合流するのにともなって血流に乗り,再びリンパ節に戻ってくるという形で全身をめぐっています.私達の研究から,リンパ節に投射する交感神経からノルアドレナリンが分泌されると,リンパ球のリンパ節からの脱出が抑制されることがわかりました(J. Exp. Med. 2014).そのメカニズムとして,リンパ球に発現するβ2アドレナリン受容体が活性化されるのにともなって,リンパ球のリンパ節への保持を促すケモカイン受容体CCR7およびCXCR4の反応性が亢進する結果,リンパ球のリンパ節からの脱出が抑制されることが明らかになりました(図1).

交感神経によるリンパ球の動態制御

図1.交感神経によるリンパ球の動態制御

 しかし,この交感神経によるリンパ球の動態制御の仕組みが免疫応答においてどのような役割を果たしているかは不明でした.私達はこの問題を解決するにあたって,交感神経の活動性に日内変動があることに注目しました.交感神経の活動性は,一般的に身体の活動性に合わせて変動し,ヒトの場合には昼間に,マウスのような夜行性の動物の場合には夜間にピークに達します.私達は,交感神経の活動性が高まるにつれてリンパ球のリンパ節からの脱出が制限される結果,マウスのリンパ節におけるリンパ球の数が昼間に比べて夜間に増加することを見つけました.そこで夜間にマウスを免疫したところ,リンパ節におけるリンパ球数の増加を反映して昼間に比べて強い免疫応答が誘導されました.これらの結果から,交感神経によるリンパ球の動態制御の仕組みが,免疫応答の日内変動を生み出すことが明らかになりました(J. Exp. Med. 2016;図2).

交感神経による免疫応答の日内変動

図2.交感神経による免疫応答の日内変動

 これらの研究成果は,神経系と免疫系の関連性について興味深い示唆を与えます.現代社会に暮らす私達には当てはまらないかも知れませんが,少なくとも人類が狩猟生活を営んでいた時代には,交感神経の活動性が高まる時間帯は身体の活動性の高まりとともに病原体に遭遇するリスクも高まる時間帯だったと考えられます.このような時間帯に,リンパ節においてより強い免疫応答を起こす準備ができているということは,感染防御という観点から非常に理にかなっています.したがって,交感神経によるリンパ球の動態制御の仕組みと,それによって生み出される免疫応答の日内変動は,神経系と免疫系が相互作用しながら進化する過程で編み出された生物の生存戦略なのではないかと私達は考えています.

 私達の研究によって,神経系による免疫制御の細胞・分子基盤の一端が明らかになりましたが,交感神経によるリンパ球の動態制御という現象に限っても,まだまだ未解決の問題が残されています.例えば,β2アドレナリン受容体がケモカイン受容体の反応性を亢進させる分子機序や,交感神経とリンパ球の相互作用の実態は不明です.今後の私達の研究でこれらの点を明らかにし,神経系による免疫制御メカニズムの解明に一歩ずつ近づいて行きたいと考えています.